« 年越した蕎麦を喰らう | トップページ | なんか怖いな、中国の高速鉄道 »

2011年1月 4日 (火)

東海アマ 年頭挨拶より

ワタシ的には読みごたえがあった東海アマの年頭挨拶です。

昨年中は、つまらぬ当HPを閲覧していただき感謝します。

時代の進展は、当初、私が予想したよりゆっくりと進んでいるものの、今起きている大混乱は、おそらく人類社会成立以来、最大級の激変であって、まさに人類滅亡の瀬戸際にあると認識しております。

しかし、たった今、どれほど恐ろしい事態が進行しているか直視しようとせず、理解も薄い方が目に付き、この危機感を共有できる方が少ないのは残念です。

「人類滅亡」という最大最悪の表現を聞けば、「まさか、大げさな」と思う方が大半だと思います。

しかし、この危機が決して大げさでも子供じみた空想や妄想でもないことは、この数十年の歴史を自分の目と耳と足で捉え、その本質を見抜いてきた方なら当然の認識であろうと確信しています。

考えてみてください。人間が生きて、子供たちが成長し、社会を持続させてゆくために、絶対に必要な条件が最低存在しているのです。

その最大の条件が、今生きている私たちが、次の世代、その次の世代に安定した良き社会を継承してゆくという努力、姿勢の有無なのです。

それがなく、自分たちだけの安楽のために手元にある資源を使い果たし、持続可能な環境を汚染・破壊し尽くし、あまつさえ永久に返せないほどの莫大な借金まで子供たちに押しつけるなら、どうして子供たちの未来が存在できるでしょう?

地球は有限であり、資源は決して多くなく、環境は決して無限に浄化されるわけでなく、子供たちは無限に富を作り出せるわけではありません。

生きてゆける負荷を超えれば死んでしまうしかないのです。

ところが、この社会のリーダーシップを取っている世界の支配層、政治家、権力者、資産家たちの誰一人として、未来の子供たちの負荷を考え、良き社会を受け継がせたいという意志が見えないのです。

彼らは矮小な利己主義に洗脳され、自分の地位権力や蓄財、安穏たる生活水準ばかり求め、それを現世代からだけでなく、未来からさえも搾取しているのであって、その結果、子供たちの持続可能な良き未来は完全に破壊され尽くし、まさに枯渇の地獄しか残されていないのです。

とりわけ、環境破壊、汚染の実態こそ、人類の未来を暗黒に染めるもっとも深刻な問題であって、人類は安定した気象、酸素、地球環境を守ってくれていた原生林を回復不能なまでに破壊することによって、地球生物生息環境すら根底から破壊し、もはや取り返しのつかないほど人類の豊かな未来を暗黒に塗りつぶしてしまったのです。

その端的な表れが、今我々が経験している異常気象であって、これは人類が過ちに気付いて正しい道を選択すれば回復するというようなレベルを、とうに超えてしまい、どうやっても取り返しがつかず、このまま大陸内陸部が回復不能の砂漠化に向かい、逆に沿岸部や山岳地帯を降雨や、それによる深層崩壊によって、すべてを破滅させる必然性を持ってしまっています。

すでに人類は、批判や啓発によって救われる段階ではなく、死滅の運命を待つばかりとなっている現実を直視しなければなりません。

こうなっては、我々は危機感を表明し啓発するという段階でなく、人類滅亡の運命を、どのような姿勢で享受するかという問題でしかありません。

中国やロシアの愚かな指導部が、仮に日本列島を強奪できたとしても、それで彼らの滅亡が救われるわけでなく、また我々も必死に領土を守ることに成功したとしても、滅亡の運命から救われるわけではあありません。

2011年、今年は、我々の滅亡を、自分たちの五感で思い知らされる運命が待ちかまえているはずです。

地上で、疫病、戦争、饑餓、原発巨大事故、地殻変動、噴火や津波などで恐ろしい数の人たちが次々に死んでゆく姿を見せつけられることでしょう。

私は、そうした運命に抗うことを勧めるものでなく、残された僅かな子供たちでもいいから、未来を紡ぎ出す者が生き残ることに期待をかけ、そのために必要な情報を提示し討議したいと考えています。

すでに20年以上も前から繰り返し書いているとおり、農業共同体による過疎地での大家族生活だけが、わずかな子供たちの未来を紡ぎだせると確信しています。

(東海アマ)

ワタシも、東海アマの年頭コメントに一部近い考えを持っています。

今、ニッポンの政治家がやる事は、将来ニッポンで生きていく子供や孫達に、ある程度安心して暮らせる国家の状態でバトンタッチできるようにして欲しいとの願い。

世の中総悲観的に近い状態のまま、次の世代に受け継がせるのは良くない。

そういった思いが強いのですな。

それと、東海アマが言っているのは「農業共同体」ですが、ワタシが思うのは「相互援助体」。

日本国の国民が皆農村に移住できる訳ではないと思うので、その地域地域で本当に助け合える仲間(利他に生きられる仲間)を数名(数世帯)でも持っておきべき。

そんな考えを持っています。

生活する上で人(相手)を羨んだり、誹ったり(そしったり=非難)する仲間でなく、仲間の慶び事を慶び、悲しみを悲しむ。

そんな仲間を持っておくべきだと思っています。

ワタシが普段思う事は、『相手を陰で誹る人間(ワタシの場合、会社というのも含まれます)にはなりたくない』と思う事なんです。

『陰で動くような惨めな事はしたくない』と思うのですよね。

そういった考えを持てば、『相手に感謝』の気持がきっと生まれてくるはずです。

そういった人達との集団を持ちたいものですな。

« 年越した蕎麦を喰らう | トップページ | なんか怖いな、中国の高速鉄道 »

独り言」カテゴリの記事

コメント

我々は、ともすれば、消去法で意見を述べようとする。ああでもなければこうでもない、と話す。
消去法は、無哲学・能天気の人に見られる。不満はあっても、主張はない。
結局、不満の主張ということになるのか。
否定文だらけで不毛の内容となる。無為無策でいる。
自分の意見は、自分の哲学で話そう。上手い話を現実の中で辻褄を合わせることが出来れば、建設的な内容となる。

我々は、無いものねだりはできない。
つたない政治家であっても、捨てるわけには行かない。
我々は、助け合って、現実対応して行かねばならない。
指導者は、遠い未来に我々の行き着き先の内容を明らかにする必要がある。
そうすれば、自己の協力者を得ることが可能になる。

だが、未来時制のない日本語を使用していては、それも難しいことなのであろう。
日本語脳の持ち主は、未来の内容を受け入れることが難しい。
激しく離散集合を繰り返しながら、現実の世界を迷走する。
この国の意見発表がまともにならなければ、この国の政治音痴も解消しない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

>nogaさま

コメントありがとうございます。
学歴や文才のないワタシなのですが、

「考えるな、感じるんだ」

こういったカンみたいなものを信じて生きているワタシでございます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/531368/50487758

この記事へのトラックバック一覧です: 東海アマ 年頭挨拶より:

« 年越した蕎麦を喰らう | トップページ | なんか怖いな、中国の高速鉄道 »