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2012年6月18日 (月)

人生の有限感を感じるんだぁ~

今日が人生最後の日だとしたら? “人生の有限感”が生き方を変える

 元ライブドア社長の堀江貴文氏の著書『人生論』を読みました。彼の生き方、考え方の基本がよく分かる面白い本でした。特に最初の方に「小さいころに突然、人はいつか死ぬんだと意識した」とあったのが印象的でした。起業家の人でコレを言う人、多いですよね。

 故スティーブ・ジョブズ氏も突然の重病で余命を宣言されてから神がかってきましたし、ソフトバンクの孫正義氏も若いころ、起業した直後に大病で入院しています。楽天の三木谷浩史氏は故郷の神戸で大震災があったことで、「人間、いつ死ぬか分からない」と感じ、大企業を退職して起業したとインタビューでおっしゃっていました。

 堀江氏の場合は特にそういう経験はなく、突然“死”という概念が降りてきて……ということらしく、珍しいケースかもしれないと感じました。

 この“人生の有限感”を手に入れると、人は生き方が変わります。尋常じゃないレベルの働き方をしている人、自分のやりたいことに迷いのない人、徹底的にしがらみから遠い人、の話を聞いてみると、人生の有限感を持っている人がとても多いのです。

 逆説的な言い方ですが、彼らは不安を持ちません。普通の人は不安をあれこれ想定して、やたらと人生に保険をかけます。例えば、「こんなことをやったら収入がなくなるのではないか」「こんなことをやったら友達に嫌われるのではないか」など。

 これらの不安のためにアクセルを全開にせず、常にブレーキに足をかけて人生というクルマを運転する。進みたい道があっても、よく分からない道、先人の地図に載っていない道には足を踏み入れない。なぜなら危ないかもしれないから……。

 そんな感じで、普通の人が不安におびえるのは、本当の不安を知らないからでしょう。本当の不安とは「人生が終わる瞬間が、明日にもやってくるかもしれない」ということです。

 それに比べれば、それ以外の不安など質的にまったく及ばないところにあります。だから、死の意識や人生の有限感のある人は、それ以外の細かい不安におびえなくなる。何が大事かが分かってくるんです。

 世の中には小さなころから命に関わる病気や障害を抱えて生きている人もいます。そういう子どもたちは、風邪やねんざくらいしか知らずに育つ大半の子どもに比べると、極めて早い時期に“死”というものを意識するのではないでしょうか。そして彼らの人生観は(彼らがそれを外に出すかどうかは別として)そうでない人に比べて、圧倒的に成熟しているのではないかと想像します。

 人が人生の有限感を得るきっかけはさまざまです。自分の大病、ごく身近な人の死、自分が巻き込まれても不思議ではなかった大惨事、加齢(親の死んだ年齢を超えるなど)……。今回、『人生論』を読んで「そうなんだー」と思ったのは、「そういうきっかけがなくても死を意識する人もいるんだ、しかも小さいころに……」ということでした。それって結構すごいことだと思ったのです。外的な理由が無くても、自分の中でそれを理解したということですから。

●もし今日が人生最後の日だとしたら

 70歳や80歳になるまで死を意識せず生きていけることが、1つの幸せな人生のパターンであることは否定しません。そういう人生が与えられていたら、それはそれで素直に喜ぶべきでしょう。

 同時に、若いうちにこの人生の有限感を手に入れると、生き方が大きく変わる、というのもまた1つの肯定的なイベントなんじゃないかと、ちきりんは思っています。

 いつ死ぬか分からない、人生はいつまで続くか分からない。そういう意識が人を生き急がせ、くだらない世の中の常識に汲々(きゅうきゅう)と従う生き方に立ち向かう原動力となるのです。何となく過ぎていく日常は、あたかもいつまでも永久に続くかに思えます。でも実際は、終わりは突然(そして当然)やってきます。

 スタンフォード大学の卒業祝賀スピーチで、スティーブ・ジョブズ氏は「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」と問いました。「命が今日までしかなくても、今の生活を続けるか?」と。

スティーブ・ジョブズ氏のスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ

 フランスの女流作家、フランソワーズ・サガン氏は若くして小説が大ヒットし、大金持ちになりました。当然のように彼女の周りにはさまざまな思惑の人が集まります。良識ある大人たちは彼女に忠告しました。「付き合う人を選ぶべきだ。あなたの名声とお金にしか興味のない人と付き合うべきではない。あなたはだまされている。そのうちきっとひどい目にあうだろう」と。

 彼女は答えます。「たとえそういうことが起こって、眠れないほどつらくて悲しい日が週に3日あったとしても、うれしくて楽しくて眠れない日が1日でもあれば、私はそういう人生の方を選ぶでしょう」と。

 ほかの作家の「人生の傍観者になるな。自分の人生の舞台を、観客席からぼーっと見ていてはいけない。舞台に上がれ、演じるのだ」という文章も記憶に残っています。

 人生の有限感を早い時期に手に入れるのは決して悪いことではありません。だけど、中途半端な時期に手に入れるくらいなら、いっそ最後までそんなものとは出会わない方が幸せかもしれません。誰かの人生ではなく、自分の人生を生きること。周りにどう見られるかではなく、自分がやってみたい人生を送ること。それだけが重要なことなのです。

 そんじゃーね。

[ちきりん,Chikirinの日記]

長文の参考コメントでスミマセンねぇ。

ワタシは上記のようなBIGな人達ではないので、偉そうな事は書けないのですが、ワタシにも『人生の有限間』を実感した事があるのですよね。

それは昨年の大震災です。

大震災前までの会社の業績は超低空飛行。

長期にわたる景気低迷で半ば諦めかけてたのですよね。

そんな時に起きた大震災。

会社の業績は一気に冷え込み、明日の仕事さえどうしようかと考えるありさまです。

3月に大震災が起きて、5月には心療内科逝きですわ。

あの時は『あそこの橋の欄干に突っ込めば死ねるかな・・・』などと考えていましたよ。

不眠も続き、しまいには全身が痺れて動けない感じになりました。

心療内科の診断は『うつ』。

まさかこのワタシが・・・・・

薬を飲み始めて、気持ちがいくらか柔らかくなった7月ごろ。

『人生の有限間』を確かに感じたんでしょね。

『人間にはリミットがある・・・今できる事は何でもやっておこう・・・・・』とね。

すぐ近くにある同業の同級の友人に話したら、『俺も同じ考えだ!』と意見が一致し、時間が出来ればあちこちに出かけ、疲れを取るためにタイ古式マッサージに通い、たくさんの人に会い、仕事に集中する。

これを実践しているのですよ。

そうしているうちに仕事が以前にも増して順調になり、昨年の『うつ』騒ぎが嘘のようなんですよ。

なんとも不思議な感じなのですよね。

5909 そんなことから考えると、『人生の有限間』を感じる事はとても意義のあることだと思った次第です。

『人生の有限間』を感じると、やる事に意味が出てくるように感じます。

「やる」、「やらない」の「やる」です。

やってダメなら諦めもつきます。

らやずに諦めるなんてもったいない事この上なしでございます。

(今日はカッコつけすぎました~笑)

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コメント

おはようございます。

人生有限だからこそ、もがいたり、考えたりして、向上にもつながるのかと思ったりしています。

時間が無限だと人間という生き物もっと堕落していきそうです。

自分の人生の位置を、たとえば、まだ20歳と思う人と、逆算推測してあと〇〇年かと思う人、両方思う人。いろんな捉え方がありますね。

年齢が上がるにつれ、逆算する人が増えるように感じます。

私は小学校2年生の頃まで、太陽を見ては、死んであんな太陽になりたいと思っていました。
今は、この年まで生命をいただいて、生命力に感謝しています。
これからもいただく命、ご恩返ししながら大切に全うせねばと思っている今日この頃でございます。

今日の朝にも感謝。

>逃げられない日本人 さま

日頃の感謝ってのは大切だと思います。
『ありがとう』って言葉を言われて不快に思う人はいませんから・・・・。

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