独り言

2018年11月 1日 (木)

医学は日々進歩している!

外傷性脳損傷や慢性期の脳梗塞も治る(改善する)時代の到来だ!

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2018年10月30日 (火)

[渋谷の軽トラ転倒「祭」に見る終わりの始まり

 10月28日の早朝、東京・渋谷のセンター街にハロウィンの馬鹿騒ぎで繰り出した群衆が進入してきた軽トラックを取り囲み暴徒化、車体の上に乗るなどの乱暴狼藉の末、警官を呼ぶために運転者が席を離れた隙に、トラックをひっくり返すという事件がありました。

 友人からこの情報を送ってもらい、最初に私が確認したいと思ったのは、この暴徒が「何者か?」「どこの国の人間か?」ということでした。

「3.11の秩序」から7年

 誤解のないように最初に釘を刺しておきますが、「こんな暴動を起こすのは日本人であるはずがない。不良外国人がやってきて日本を悪くしているのだ」などという、“ドナルド・ダック”やドイツのネオナチ政党のようなことを言いたいわけではありません。

 流通している動画を見る限り、定かに確認はできませんでしたが、トラックの上に乗ったり横転させたりしたと思しい中に、見るからに日本人ではない外国人は見当たりませんでした。

 また、トラックを取り囲んではやし立てている群衆の中には、様々な肌や髪の色の人物が写り込んでいたようにも思われました。

 日本は2011年、3.11東日本大震災の後、一件の暴動事件も起きず、派手な略奪などもなく(火事場泥棒的な犯罪はあったようですが)、被災地で避難者が整然と協力して復興に当たるという、地球上でも稀有な「超高モラル社会」として全世界を驚かせた国でした。

 まだほんの、7年前の出来事に過ぎません。

 それが2018年の秋になると、夜の渋谷に繰り出した、多くは若者と思われますが、群衆が何の罪もない一般車両を取り囲み、それを転倒させて喜ぶという、普通によくある発展途上国の愚民の群れと同じ行動を取ったと報道されている。

 この間の「日本の劣化」をこそ、考えねばならないと思ったのです。「トラックを倒すなんて犯罪だ。こんな奴らは日本の恥だ」といったネットの書き込みを目にしました。

 ですが、こうした行動は、全人類に共通して見られる、ある意味では普遍的な「祝祭的反応」でもあります。

 このコラムで時折、生前たいへん多くご指導を頂いた文化人類学者の山口昌男さんの「中心周縁論」を引用してお祭りを議論することがあります。

日常的な価値の「転倒」

 普段隅っこにいるものが中心にやって来て、中央にいるものが隅に追いやられる。

 上は下、右は左、偉そうな奴は引きずり下ろし、男は女、女は男、たいくつな社会のあらゆる秩序や順序をひっくり返して、社会全体が活性化する・・・。

 これが祝祭の本質的な特徴ですので、象徴的な価値転倒の供犠は全世界のあらゆる地域で確認することができます。

 リオのカーニバルのような謝肉祭、韓国のタル・ノリで演じられる業病に罹患した貴族を嘲笑する仮面劇・・・。

 日本で考えるなら、日頃威張り散らしている「大名」が「太郎冠者」にやり込められる狂言など、極めて典型的な「祝祭的価値転倒」の技芸と言うことができるでしょう。

 渋谷で軽トラックを取り囲み、それを生贄に選んではやし立て、車体の上に乗って踊り、さらには車をひっくり返して大喜びする・・・。

 太古の人類が日常価値の転倒に共同体刷新活性化の力を見出したのと同じように、2018年10月28日の東京でも、半ば原始人、半ば猿の如き若者たちが、普段偉そうにして自分たちを押さえつけている体制や支配層、年配者や社会のルールをひっくり返して祝うという心理は、器物破損の犯罪行為であるのはもちろんですが、非常に普遍的な「人間社会によくあるパターン」であるのも間違いありません。

 要するに「未開な状態」で起こりやすい、衆愚状況です。

 そこまで、日本人を含むであろう、この加害者集団の精神年齢が「低下」していたことに、まず注目しておく必要があります。

 3.11の苦境を整然と乗り切ったはずの日本で、どうしてこんなみっともない「低EQ(Emotional Intelligence Quotient=心の知能指数)状態」に、若者が退行してしまったのか・・・。

 それを解くカギは、この非日常の「祭り」以上に、「日常」の側にあるように思うのです。

転倒の陰画としての日常

 要するに、日頃鬱積しているから、その憤懣が爆発する。そう考えるのが合理的です。トラックをひっくり返した者は、画像から身元を特定され、一部は逮捕されるなどして、刑事・民事の責任を問われるでしょう。

 この人たちには何ら同情の余地もなく、問われる社会的責任をきちんと果たすべきと思います。司直は再発防止を念頭に、もしかすると実刑を含む厳しい判決を下すかもしれません。

 しかし、中には、かなり確信犯で焚きつけながら、自身は手を下さず、責任をはぐらかして逃げおおせる奴がいるかもしれません。たぶん、いるでしょう。

 また、その場にいたほぼすべての人間が「お、何これ。トラックが取り囲まれてるじゃん。どーなんのかな。あれあれ乗っちゃったよ。踊ってる。面白れーなー」などと、この「非日常」の騒ぎを面白がっていたわけです。

 しかし、これら全員が逮捕、訴追などされることは絶対にないわけです。そこが一番の問題でしょう。

 またしても繰り返される古典的な「責任を取らない日本人」のパターンです。しかも、槍玉に挙げられるのは、日頃威張り散らす権力者ではなく、土曜の深夜日曜の早朝に業務でセンター街に乗りつけたのであろう軽トラックです。

 社会構造の上部でふんぞり返る悪代官が「この紋所が目に入らぬか!?」と格さん助さんに三葉葵の印籠を見せつけられ、「ここにおわせらるるは、畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ! 頭が高~い」と一喝され、

 「ハハ~・・・」とひれ伏す価値転倒を、戦後70年を過ぎても日本人は一貫して愛好してきたわけですが、ここでは深夜に就労している営業車両を迫害する「弱い者いじめ」による「祭り」で喜んでいたわけです。

 残念ながらそういうケースも、人類には山のように例があります。

 欧州におけるユダヤ人排撃、近くはルワンダ・ジェノサイドでもミャンマーの少数派ムスリム・ロヒンギャへの迫害でもいいでしょう。

 要するに「ヘイト」と呼ばれるものは、すべてこの種の下層で圧迫され余裕のない大衆が、さらに弱いものを見つけて血祭りにあげて憂さを晴らす、最低最悪の経世済民のなせる技として客観的な分析が完了した社会病理にほかなりません。

 暴徒化した群衆の多くが、ひっくり返ったトラックの周りで万歳しながら飛び跳ねたりしているのを、私も動画で確認しました。その事実、この末期性にこそ注目する必要があります。

 1994年のルワンダ・ジェノサイドでは、暴徒化した民衆が面白がって少数派を追い詰め、教会や小学校にすし詰めにして手榴弾で爆殺したり、家族でバーベキューをしている食卓のま横で、なたで切りつけてなぶり殺しにしたりという、日常では考えられない事態が現実に発生しました。

 なぜ・・・?

 日頃抑圧されている、という社会不満があったからです。こいつらは悪い奴だ。私たちが日頃苦しんでいるのに、甘い汁を吸ってやがった。因果応報で懲らしめてやる・・・という心理。

 1933年にナチス・ドイツが政権を取ると、ただちにユダヤ人排撃が公共事業として推進されますが、多くのドイツ国民はそれを黙認、ないし支援しました。

 なぜ?

 第1次世界大戦に負け、多額の賠償金で経済を圧迫されていたドイツでは、戦争を仕かけたのがユダヤ人、国際ユダヤ財閥で、いくさで暴利を得てドイツ国民の日々の生活を圧迫している、というプロパガンダにさらされていました。

 ヘイト・スピーチによる洗脳です。

 2018年10月28日の暴徒は、「ヘイトスピーチ」で焚きつけられた群衆ではありませんでした。

 しかし、日常の中で高いストレスにさらされ、日頃の抑圧状況を転倒する、象徴交換儀式として「軽トラック」という生贄を欲していたことは間違いありません。

 直接の加害者の責任は言うまでもありませんが、そんな社会状況に日本を捻じ曲げて来たのはどこの誰か?

 遠因の責任をどこに問うべきかを考えるのも重要なことだと思います。くさい臭いにおいは元から断たなきゃダメ、ということです。

 レームダック政権の安売り人事、閣僚不祥事の類が毎日紙面を賑わせる末期的なご時世、起こるべくして起こった暴徒事件と考えられ、今後この傾向はさらに加速することが懸念されます。

「ええじゃないか」は終わりの始まり

 1867年8月から12月にかけて、日本は不思議な熱気に包まれていました。天からお札が降って来る、というのです。

 これは素晴らしい出来事の前触れだということになり、民衆は仮装して町に繰り出し、踊ったり騒いだり、大八車がひっくり返されたり、富裕な商家からモノが持ち去られたりもしたようです。

 これが世に名高い「ええじゃないか」の民衆暴動で、この間は都市も農村も社会機能が麻痺して、通常の市民生活を送ることが不可能になったと伝えられます。

 この「ええじゃないか」ですが、1867年12月9日にピタリとやみます。

 この日「王政復古の大号令」が出され、日本のレジームは近代のそれへと転換しました。「討幕派による陽動作戦だったのでは?」という説も検討されています。

 今回のような暴動は、ある政治的支配体制の末期の末期、もうどうしようもない状況であることを示すバロメータである可能性が考えられるでしょう。

 ハロウィン暴動は「終わりの始まり」と言うことができるかと思います。

2018年10月19日 (金)

インプラント術やりました!

本日午前中、歯科医院にてインプラント術をやってきまスタ。

先の見えてきた人生を考えた時、まず考えたのは『食』でございマス。

Ikinarihire10640x480目の前に美味いステーキがあっても歯が悪くて噛めなければ、それでアウト!(病気は別として・・・。)

今回で3本目のインプラントとなりますが、良く言う”QOL”(生活の質)が満足できなければ、つまらない人生になってしまいますよ。

その為には、まず歯!!!

自分自身の噛み心地を楽しむ。

これが必要と思われ・・・・・。

2018年9月19日 (水)

世界の工場「中国」の終焉

マスコミは米国の関税を悪のように報道するが、人民元を意図的に下げ、中国を世界の工場にしていた、オバマまでの「米中プロレス体制」が最大の問題なのだ。

マスコミは日本の製造業が受けた不当な被害を報道しなかった。

正義はトランプにあり、中国は報いを受けて当然だ。

(弓月恵太Twitterより)

ワタシの知っている身近な事で言えば「墓石石材加工業」。

ワタシの住まう地区は、「石材は地場産業」と言われた地域でもあります。

それが中国墓石製品の台頭によって「墓石石材加工業」は衰退し、見る影もなく無残な姿になってしまいました。

とても「地場産業」なんて言える状態ではありません。

しかし、墓石小売業者は「中国墓石製品」の方が「国産墓石製品」より利幅が稼げる為、中国墓石製品に傾倒してしまいました。

しかし今、中国石材業界でも日本向け墓石関連輸出には積極的ではありません。

「注文内容が細かい」、「納期が短い」、「金払いが悪い」日本の業者にウンザリしている状態です。(全てではありませんが、かなりの業者がそうです。)

中国に頼りきった日本の墓石小売業。

中国が日本向け墓石を止めたらお終いですわ。

もう日本国内加工墓石には戻れません。

安い中国墓石の仕入れ値だから利幅も大きい。

同じ仕事をやって、中国墓石と比べ利幅の少ない本来の国内墓石業に戻れますか?

無理でしょうね。

2018年9月 5日 (水)

腐りきった組織

陰口を言われたら、あなたの勝ちです。

あなたはそれほど周りの人にとって価値ある人間なのです。

陰口を言う人間の劣等感に振り回される必要はありません。

あなたのことをどう思うのかは他人の課題であり、あなたの課題ではありません。

後ろめたいことが無いならば自分の目的を追求しましょう。

(アドラー サロン)

とある団体に加入しているのですが酷いモノで・・・・。

傲慢的

欺瞞的

高圧的

そんな組織でございます。

そこにモノ申すものならば、陰で味噌糞言われる訳ですわ。

それは何故かと申せば、自分達の職務怠慢・事なかれ主義が露呈してしまうからなのですな。

長い付き合いのある、とある銀行の支店長(何行も支店長を経験)や保険会社の社長が言ってましたよ。

腐りきった組織を立て直すには、その組織の『悪者』にならない位でないと、腐りきった組織は立て直せないとね・・・・・。

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2018年8月21日 (火)

勝ち馬に乗れ!

日本国は資本主義国家でござい〼。

自由経済。

日本国内の法を順守する中においては、何をやっても自由でござい〼。

3a463051そういった中において『勝ち馬に乗る』という事は、とても大切な事でござい〼。

垢抜けない業界で悶々とするより、先のある商売に投資をしていく事も大切でござい〼。

悲しいかな、それを理解できない方々が多いことには驚き〼。

2018年8月17日 (金)

短い人生の中でのチャンスを逃すな!

人生たかだか80年。

大人として認められるようになって、たったの55年。

社会人として考えれば40年。

そういった40年の中で、自分自身に本当に『チャンス!』と思える事は2回とか3回くらいでしょう。

1回という人もいるでしょう。

242424『チャンス』はそうそうやってこないのです。

その『チャンス』を少し考えてからとか、迷っているので時間が必要とか言っていると、『チャンス』は目の前を通り過ぎてしまいます。

そして二度とその『チャンス』はやってこないものです。

その『チャンス』を手に入れる事が出来るのか出来ないのかによって、その後の自分自身の人生は大きく変わってしまうでしょう。

いつか来る、数少ない『チャンス』を逃さないよう己の思考回路を鍛えておくべきだと思いますな。

Photo一つ言える事は、『他人(友人・知人)は同情はしてくれても助けてはくれない』事をしっかりと頭に入れておくべきと言っておきましょうか・・・・・。

2018年8月 2日 (木)

僻み、妬み、嫉み、辛みの醜さよ

「僻み」ひがむこと。ひねくれた考えや気持ち。

歪んだ考え方や、偏見をもった考えや気持ち。相手を既に悟ったかのような、論破したような、見透かしている体を装い、いつでも知らぬうちに騙されない様に、何事も曲解して受け取ってしまったり、物事をやたらマイナス方向に捉えてしまうことでしょうか…

そうして、どうせ騙すつもりなのだろう、どうせこう考えているのだろうと疑って掛かるような印象ですね。

「嫉み」そねむこと。ねたみ。嫉妬(しっと)。「人の―を受ける」

誰かが、自分には無いものを持っていて…それが悔しいと感じ、憎んでしまう感情。

何故自分には無くて他人にはあるのか、そのどうしようも出来ないジレンマとフラストレーションがストレスになり、現れてしまう感じでしょうか。

「妬み」ねたむこと。嫉妬(しっと)。そねみ。「―を買う」「―から告げ口をする」

誰かが、自分よりも良いものや優れたものを持っていて…それを羨ましく思い、憎んでしまう感情。

何故自分と同じことがあんなに優れているのか、追いつかない、届かない。その力を羨ましく思う反面、その優れていると評価される理由を理解できずにいるフラストレーションによるストレス。の表れ。でしょうか…

「辛み」つらいこと。つらい気持ち

うらみ‐つらみ【恨み辛み】の”ツラミ”は、 《「つらみ」は、形容詞「つらい」の語幹に「み」をつけて語調を整えた語》積もり積もった、さまざまの恨み。「―をぶちまける」

とある集まりに参加したのですが、僻み、妬み、嫉み、辛みのオンパレード。

そんな人生送って悲しくないのか?と言いたくなりますわな。

3a463051やる事をやってきていない者。

自分を過大評価している者。

行動より先に口先が出る者。

そういった輩に何を言っても分からんのでしょうねぇ~

お先短い人生。

そういった輩を相手しているより、『自分の人生』を楽しんだんだ方がいいわな。

2018年7月20日 (金)

石材加工工場、『続けるも地獄』、『辞めるも地獄』

当地、茨城県桜川市周辺は石材加工業が地場産業として栄えた地区なのです。

今では見る影もありませんが・・・・・。

今年の3月までワタシも石材加工卸を生業としておりましたが、M&Aにて業種転換に至りました。

そこで、今になって石材加工業界の事を考えてみました。

地元の石材加工業、『続けるも地獄』、『辞めるも地獄』でございます。

業界を辞めたワタシとしては、辞め時を間違えると地獄だなぁ~と思うのですよ。

石材工場を辞めるとなった時、一番の問題は金銭なんですよ。

辞めるだけなんだからお金はかからないと思うでしょ?

とんでもありません!

操業時のままにしておいては買い手もつきませんし、仕事をしていない土地にいつまでも固定資産税が毎年かかります。

石材工場を更地にするとしましょうか・・・・・。

20180720_073856主なものとして、廃材処理費・汚泥処理費・社屋内石材機械処理費・社屋解体費・社屋基礎コン解体費等々。

コレ、全て産業廃棄物ですわ。

諸々を処分するのに運ぶ大型トラックの量は、自分のイメージの10倍。

それにかかる費用は、自分のイメージの5倍。

経験上それくらいかかります。

そして、そういった産廃処理費用は毎年毎年、凄い勢いで値上げされています。

本当に大きな覚悟が必要になってきまっせ!

2018年7月13日 (金)

因果応報

『因果応報』

人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということ。

もと仏教語。

行為の善悪に応じて、その報いがあること。

現在では悪いほうに用いられることが多い。

「因」は因縁の意で、原因のこと。

「果」は果報の意で、原因によって生じた結果や報いのこと。

今迄ワタシ自身、人様に何か言えるような行為をしてきた人間ではありません。

Img_2341ただ唯一、己を認める事が出来るのは、東日本大震災以降、一日も欠かさず自宅の阿闍梨の間(和室佛前)にて、佛(不動明王)に対して朝晩のお勤めを欠かしたことが無い事くらいでしょうかね。

因果応報。

合掌

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